
4日午前の部、本会議交流セッション「先見性のある企業経営者がいかに国と国をつなげるか」と題したテーマで、
ジョン・V・ルース 元駐日大使(現ジオデシック・キャピタル )がモデレーターとなり、平井一夫 ソニー株式会社 シニアアドバイザーとの交流セッションが行われた。
ルース氏の様々な異なった文化、ギャップを持つソニーをどのようにマネージメントして来たのか?との問いに対して
平井シニアアドバイザーは、二つの観点から説明。一つ目は、日本の企業とスタジオを所有するアメリカの企業というギャップ。合弁した音楽部門のCBSはニューヨークを拠点とする企業。そこには、多くのギャップが存在していた事。二つ目はビジネス上でのギャップ。ソニーはエレクトロニクス部門のエンジニアを多く抱える日本の企業。一方、当時のCBS・ソニー(音楽・エンターテイメント)や、スパイダーマンを作ったソニーピクチャーズ(映画)は、NYやCAにスタジオを所有する米国企業。
これらの違うビジネスモデルを融合させるというギャップも存在していた。異なる文化を持つ全てのSONYの社員同士の人間関係がうまく行くようにお互いの交流・対話を促進するようなマネージメントするように心がけ、東京のエンジニアとカルバーシティ(ソニー・ピクチャーズ・エンターテイメントの本社所在地)の社員の交流を頻繁に行っていたと説明した。
そして、本会議午後の部に行われた基幹特別講演では、内山田 竹志 トヨタ自動車 代表取締役会長が登壇。
「米日カウンシルの10周年を迎えるアニュアルカンファレンスにご招待いただきありがとうございます。今回のイベントで大胆なアイデアや、より大胆なリーダーに会えるのを楽しみにしておりました。」と冒頭に語った。
1969年名古屋大学工学部を卒業すると共に、トヨタ自動車に入社した内山田氏。その同じ年にニール・アームストロング船長が人類で初めて月面着陸に成功したニュースを見て大変興奮したしものの、トヨタでの仕事はそれほど楽しいものではなく、平凡な毎日を過ごしていた。と率直な当時の思い出を振り返り会場の笑いを誘った。
21世紀の新しい車を作るよう命令があり、1996年にプリウスのチーフエンジニアに就任した事。1000名を超える人材を集める権限を与えられた事、期間は36ヶ月しか与えられなかった事、大部屋方式を生み出した事など当時の成功の秘話を披露した。
最後に、ジョン・F・ケネディ大統領が月面着陸を世界に先駆けた理由として、強大な情熱と大胆なチャレンジ精神が
ありそれをNASAに実行させたと語り、会場から多くの拍手が沸き起こった。
イノベーションをテーマにした分科会では、シリコンバレーから、HOMMA,Inc.の本間 毅氏、Lookerのナロン 翔平氏、
LAからS-Cubedの須藤 潤氏らが参加したパネルディスカッションも開催された。
分科会は6つのセッションが同時に開催され、体に優しい発酵食品、インド太平洋の地政学と貿易
エンターテイメント業界における日系及びアジア系アメリカ人、女性の対話:競争の激しい今の時代における
効果的なリーダーシップ等各分野のリーダーが登壇した。
今回の10周年カンファレンスを通してグローバルで活躍される各界のリーダーの講演が聞ける貴重な機会となった。
スタンフォード大学で教鞭を取られている、スタンフォード式最高のリーダーシップの著者でもあるスティーヴン・マーフィ重松氏の言葉を引用させて頂くと「We are the Leaders」と述べられている。
我々一人一人がリーダーであり、そういう考え方が、リーダーシップの原理原則だという。