完璧でなくていい、アイディアを行動に移す STEM教育とデザイン思考、『STEM+α』教育のSKY Labo

世界最先端の教育現場で注目されているSTEM教育。STEM教育とは、2000年代にアメリカで始まった教育モデルで、Science科学、 Technology技術、 Engineering工学、 Mathematics数学の教育分野の総称。

2000年(OECD28ケ国が参加)、2006年(30ケ国が参加)に行われたPISA調査結果を受けて2005年ジョージ・W・ブッシュ政権、2013年オバマ政権が米国の教育改革を試みているが、効果は思うように表れていないようだ。

トランプ政権に移行してからは、米国教育に関する政策議論自体が過去と比較しても話題になる事が少ない。

ちなみに2018年のPISA調査結果こちらで、産経新聞が「日本の15歳、読解力15位 3年前より大幅ダウン 科学・数学的応用力は世界トップレベルを維持と伝えている。

今回インタビューしたのは、米スタンフォード大学で博士号を取得した二人の女性。社会起業家として特に女子が立ち遅れているSTEM領域の人材育成に立ち上がった。

2016年設立の非営利団体SKY Laboは、STEMにアートやデザインに加えて、リベラル・アーツ領域の視点や手法をとりいれ、ユーザーの気持ちや感じ方に寄りそって発想する「デザイン思考」を使ったカリキュラムで女子向けの『STEM+α』教育を提供している。

2017年からは、慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科(KMD)とコラボしながら、日本の全国各地にいる女子中高生にデザイン思考ワークショップを行っている。2019年7月には、日本のPWCとのタイアップも実現している。詳しくは、こちら

その現場を共同代表のヤング吉原 麻里子氏、木島 里江氏に伺った。

ヤング吉原 麻里子氏(左)と木島 里江氏

ー まずは、起業に至るまでこの分野を極めようと突き動かした理由は何ですか?

「人のために何が出来るか」

ヤング吉原氏:何かを極めているとか、極めようとしているという自負は全くないです。大学院を出てから研究や育児に関わってきましたが、自分は本当にまだまだ・・と感じることばかりです。きっと人間は一生かかって学び続けるのだろうなと思います。

SKY Laboの活動をしていると、ワークショップに参加してくれる女子中高生だけでなく、コーチとして彼女たちをサポートする大学生や大学院生、運営側の私たちも含めて、プログラムに関わる全ての人がみんなそれぞれに学んでいることを実感します。

もしも自分を突き動かすものがあるとすれば・・それはきっと他者に対して何ができるかという好奇心かもしれません。

私が16年間通った母校では、大きな世界の一員という自覚をもって心をこめて人に接しよう、という理念で育ててもらいました。奉仕活動などを通して小学校の頃から、小さなことでいいから自分たちには人に何ができるのかを考えるようにと教わったように思います。

実際に今、スカイラボの活動を通じて自分が実現したいのは、「人に興味を持つ世代を育てる」ということです。

ここシリコンバレーにいると、最先端のSTEM領域で素晴らしい活動をされている方々がたくさんおられます。でも彼らに共通しているのは、その知識や技術の高さではない。むしろ「他者と繋がりたい」「人のために何かをやりたい」という心のありかたなのです。

ー 女子教育にターゲットを絞った理由を教えてください。

キーワードはSelf Efficacy

木島氏:OECD(経済協力開発機構、パリに創設された世界最大のシンクタンク。経済成長と開発への貢献、貿易の拡大に寄与することを目的とする)の国際統計を見ると、STEM領域で男女のパフォーマンス格差が特に著しいのが日本なのです。

(工学部卒業生のうち女性の占める割合は、2014年の数字でOECD諸国平均では26%だが、日本は13%。一方米国のSTEM Womenは、全体の24%。専攻別には、57%が物理または生命科学分野であり、工学が18%、コンピューターサイエンスが14%となっている。)

しかも上位1割の成績優秀者のパフォーマンスを男女別に比較すると、格差はさらに大きいことがわかります。その理由は何か?大きな要因としてSelf Efficacy(セルフエフィカシー・自己効力感)の欠如が指摘されます。自分にはSTEMの能力がないと思い込んでしまっている。

OECDのデータによれば、Self Efficacyが同程度のグループでは、男女の学力差は全くありません。

だとしたら、私たちはSTEM領域で女子がSelf Efficacyを高められるようなプログラムを作ればいいと考えました

出来るだけ早いうちに、女子にものづくりや発見の楽しさに触れてもらうこと、それが現状を変えるための鍵ではないかと仮説をたてたわけです。

子供への大人の言葉の影響力

木島氏:Self Efficacyは心理学で使われる概念です。女子がSTEM領域に少ないのは、能力の欠如によるものではありません。

むしろ「女子は文系」という風潮など、社会的な要因に起因しているのです。例えば親や学校の先生といった、子供が日常的につき合う大人の言葉が大きく影響するわけです。幼ければ幼いほどその影響は大きく現れます。

メディアの影響力

ヤング吉原氏:メディアの影響もあります。「リケジョ」(理系女子のこと)という言葉自体が、理系の女子は「特殊」で「例外的」という暗黙のメッセージを生み出しているように思います。

日本では、大多数の女子は出る杭になることを極力避ける傾向にあります。どんなに数学で優秀な成績をおさめていても、「女子だから」という枕詞を意識するあまり、理数系領域に進む可能性を閉ざしてしまっているかもしれません。

一旦文系に決めてしまうと、日本の教育制度の中ではそこから理系に転向するのは非常に難しいですよね。そこで進路を決める前の女子たちに、是非とも文系と理系の両方の可能性を探索して欲しいと思っています。

そうして両者を融合していく方法を身につけてもらえればと、中高生対象のプログラムを行っています。

ワークショップで、ときめく体験を

木島氏:スカイラボがシリコンバレーで行っているプログラムにも、「将来何をやりたいのか全くわからない」という学生さんが少なからず参加してきます。

そこで様々なSTEM領域で活躍する人びとのストーリーに触れてもらったり、実際に彼らの働きぶりを見てもらったりします。そうすることで「STEMを極めると、こんなに素晴らしいことができるんだ!」というイメージに繋げてもらい、ときめいてもらう体験が大切なのだと感じています。

ー 起業以降、2016年からワークショップを続けられていますが、その内容と変化を教えてください。

日本人に合う「デザイン思考」

その実践の道場(プラットフォーム)を提供することがミッション

ヤング吉原氏:スタンフォード大学で発想のメソッドとして確立された「デザイン思考」をベースに、スタンフォード教育大学院のファカルティーの助けを得ながら、独自のカリキュラムを開発しました。

デザイン思考では、完璧でなくてよい、むしろ「とりあえず」の段階でプロトタイプにしてみて、アイデアを発進させることが大切だよと強調します。幾度もユーザーからフィードバックをもらって改善につなげていく。プロセスこそが重要なのです。

満を辞してという完璧を求める傾向は、ことに女子に強いことが研究でもわかっていますが、この「とりあえず」というマインドセットこそ、日本の女の子たちの学びを変える鍵ではないかと感じています。

木島氏:「デザイン思考」と聞くと、シリコンバレー式、アメリカ風の発想法という印象を受けるかもしれませんが、エンパシー(共感力)をフル回転させるとか、プロトタイプを作成するとかいうことは、むしろ日本の文化に馴染み深いことです。

 

ヤング吉原氏:私たちは二人とも日本で育ちました。女子校生だった自分たちの経験を振り返ってみて、チームワークを大切に仲間と発想していくデザイン思考のプロセスは日本の女の子たちに適したメソッドではないかと思ったのです。

またグローバルな世界に目を向けたいという志を持つ学生さんも少なくない。そこで2016年に、バイリンガル環境でデザイン思考を学んでみようというワークショップを行ってみました。

すると初日の朝はお互いに照れ臭そうに英語で挨拶していた参加者たちの間で、ある時点を境に、空気が変わったのです。

それは、チームで協力してプロトタイプを作り始めた時です。それまでは少し遠慮がちだった女子学生さんたちの瞳が、手作業が始まった途端に活き活き輝き始めたのです。

プログラムの講師だったスタンフォード大学教育学大学院のシェリー・ゴールドマン教授と、思わず顔を見合わせたことを覚えています。

木島氏:人のために何かを作るというミッションに向かって、チームで協力しながら意見を出し合い、手を動かしてプロトタイプを作るという一連の流れは、日本の女子にとって自然なプロセスだという確信を深めました。

ちなみにワークショップを主催する私たち自身も、毎回デザイン思考を実践しています。ユーザーである受講生やコーチたちのフィードバックをもとに、毎回プロトタイプ(プログラム)を改良し、実行しては、また改良・・という未完のプロセスを繰り返しています。

ヤング吉原氏:女子学生さんがSelf Efficacyを高めていくための場を作ることが私たちの役目です。学校の授業とは一味違う学びの場を提供することが、私たちのミッションだと思っています。

木島氏:これを学んでください、こういう考え方をしてくださいというのではなく、みんなそれぞれに試して、洞察を得て、それを知識や経験として構築してもらう。学習の内容は人それぞれだと思うので、そこから何を学ぶかは一人一人異なると思います。

そうして女子学生さんたちが学んでいくプロセスが、私たちの喜びにつながるわけで、これがSKY Laboが考えている「教育」の形です。

ー これからのワークショップのご予定と、女子へのアドバイスをお願いします。

自分の「やってみよう!」を応援

木島氏:SKY Laboはこれまで主に首都圏で活動してきましたが、やる気のある学生さんは全国におられます。今後、企業や個人の協力をいただきながら、ワークショップを日本全国の女子学生さんたちに届けたいと考えています。

デザイン思考の基本に”Bias toward Action”があります。「まずやってみよう」「行動につなげてみよう」というものです。自分には出来ないと思い込んでしまうなんて、本当に勿体無い。アイディアがあればともかく行動して、チャンスにつなげてみてください。

ヤング吉原氏:STEM領域で知識や技術を身につけて、同時に、人間への知的好奇心を育んでください。世界を変えるために自分に何ができるかを考えてほしいと思います。アイデアに大小はないし、完璧になるまであたためなくていい。内に秘めずにとりあえずやってみる。私たちも4年前に小さな一歩を踏み出してみて本当によかったと感じています。

最後に2019年1月に朝日新聞出版から発行された、

世界を変えるSTEAM人材 シリコンバレー「デザイン思考」の核心

は二人の共著となっている。

この本を読んで

STEM(ステム)からSTEAM(スティーム)というバズワードが派生して、STEM意外にもA、デザイン(芸術)も勉強しないといけないのか?と考えていたが、話はそんなに単純ではない。

Aとは何か?なぜAが必要なのか?この本を読むと二人が考える「A」の重要性が明確に書かれている。

本に書かれている一部を紹介。

二人が考えるSTEAM教育・STEAM人材とは?

①人間を大切にするという思想(ヒューマニズム)を核に探究を続ける21世紀の新しいヒューマニスト

②次々とイノベーションを起こすイノベーターのマインドを持ち合わせる

③デザイン思考と呼ばれるデザイナーの方法論を駆使して発想・活動を行っている

ヒューマニストかつイノベーターかつデザイナーであるという。

関連性が低いとされてきたこれら複数の領域をつないで、活動や学びを活性化させようとする姿勢が一番重要のようだ。

最初から完璧でなくて良い。失敗して、前進(fail forward)すれば良いと二人は話す。

それなら自分でもできるのでは?ちょっとやってみようかな?と自信が湧いてくる一冊となっている。

子育て中の親御さん、起業を考えている人、企業の人材育成担当の方など多くの方にとって「やってみよう!」と思わせてくれるオススメの一冊だ。

 

 

ヤング吉原 麻里子 プロフィール

スタンフォード国際・相互文化教育プログラム講師

立命館大学客員教授

スタンフォード大学で博士号取得(政治学)

カリフォルニア大学アーバイン校政治学科卒

聖心女子大学文学部卒

 

木島 里江 プロフィール

トロント大学マンク国際研究所助教授

前スタンフォード大学教育学大学院講師

スタンフォード大学で博士号取得(国際比較教育学)

世界銀行中東・北アフリカ局、東アジア局

国際基督教大学教養学部卒